光の戦士の皆さんこんにちは、はーとんです。
タイトル通り「自分が読解力や理解力が低いなぁ」と思った方への記事となります。
決して煽っているわけではなく、先日のPLLでデータセンターが追加される際のコメントをみて「ああ、結構分かってなかった人が多かったんだな」と思ったため、この記事を書こうと思ったのです。
今回のデータセンターの追加がよく分からず「キャラネームが被ったらどうしよう」とか「新しいデータセンターになるからハウジングが無くなる」など、全く見当違いなコメントも散見されました。
現状日本人の読解力やそれに伴う理解度は低下をしている一方なので、当たり前な出来事といえば当たり前なのかもしれませんが…
では、なぜこのようなことが起きてしまうのでしょうか?
本日はあまり良く知らなかった方ではなく「理解していたつもりだったのに間違えていた」という方向けの記事となります。
読解力の無さはイメージ不足
読解力の無さは語彙力の不足も原因として上げられますが、語彙力以外だと「イメージできない」ことが原因として上げられます。
これは理解度にも共通することで「具体化してイメージできない」から理解もできないのです。
どういうことかというと、国語の説明文等で書いてある文章が分からない場合は「文字がビジュアル化していない」のです。
例えば「温暖化の原因は二酸化炭素以外にも様々な原因がある」と書かれていた時に、頭の中でどんなイメージしますか?
頭の中で「二酸化炭素以外何があるのだろう?」とイメージしながら「?」の部分を埋めていくイメージで次の文を読んでいくのが通常です。
しかし、読解力・理解度が低い場合は「何となく読んでいる」ため、上記のような明白なイメージが頭の中に無いのです。
だから理解できないし、書いてあることが分からないのです。
「書いてあることの全体をイメージする」だけで、読解力・理解度は大幅に向上します。
書いてあることを具現化するのは、頭の中だけなく、紙などに書いても○です。
例えば社会の勉強で「資料集を見ていたほうが覚えやすかった」という記憶はありませんか?
それは、資料集が教科書の文章を具現化しているから分かりやすいし、覚えやすいのです。
「自分は読解力や理解度が低いなぁ」と思ったら、即上記のイメージで読み込んでみてください。
劇的に理解度が変わります。
では次に具体的にイメージするにはどうしたら良いのでしょうか?
マインドマップを書いてみる
往々にして、読解力・理解度が低い場合は自分の気持ちを言葉にすることが苦手な場合が多いです。
特に「なぜそう思うのか」というのが言えないのです。
例えば小学校低学年の頃、読書感想文が苦手だった方は「この本のどこが面白かったか」という質問に「話が面白かった」としか答えられなかったことと思います。
まさしく言葉の具体化が低学年の頃は苦手だから起きる現象です。
大人になってからも気持ちの言語化が苦手な場合は練習をしたほうが○です。
例えば好きな人がいたとしたら「彼女を何故好きなのか?」からスタートし「彼女のどの辺が好きなのか?」「好きになった理由として自分の過去の経験が起因するのか?」などをどんどん掘り下げてみる感じです。
読解力・理解力は社会人、いや、今後生きている上でも必要な能力です。
ぜひこの機会に自分のレベルを上げてみてください。
そして、自分の読解力・理解力は人に話をすることで「自分が理解している」ことを実感します。
理解したことを聞いてもらう
仕事などでも「△△て○○って言うことだよね?」と相手に確認と同意を求める場面がしばしばあると思います。
これは自分の理解が合っているかどうかの確認です。
そのときには説明された通り、一言一句同じ言葉で相手に質問しているでしょうか?
そんなことはなく、自分なりに解釈し、噛み砕いた言葉で質問しているはずです。
自分が理解した証拠は「他の言葉で言い換えられる」ことです。
例えば当ブログでも、分かりづらい・イメージしづらい部分は必ず具体例を用いて説明をしています。
他の言葉や例をあげられるということは、自分の中で咀嚼して消化できた証拠なのです。
でも全てのことを人に話すことはできませんよね?
そこで1つ理解度を上げるテクニックを紹介します、それは…
心の中でタラちゃんに自分の理解したことを説明してあげてください。
タラちゃんとは「サザエさん」に出てくるあのタラちゃんです。
どういうことかと言うと「これならタラちゃんも理解するだろう」というレベルで噛み砕いていくと、自ずと理解が深まり、自分のなかで内容を消化することができるのです。
私が授業で生徒へ説明する際は、授業準備の段階で毎回タラちゃんに話かけています。
まぁタラちゃんはかなり賢い子供だとは思いますが(笑)
以上が読解力・理解力を上げる方法となります。
本日の記事が、大きく人生を変えるきっかけになれば幸いです、とはちょっと言い過ぎか。