光の戦士の皆さんこんにちは、はーとんです。
さて、先日パッチ7.1の実装日並びにトレーラーが公開されました。
早いもので、11/12(火)に実装です。このトレーラーから、次のシナリオに期待することをつらつらと書いていきます。
雑な表現だけは勘弁してほしい
今回、パッチ7.0のシナリオの賛否両論は多くのサイトで語られています。
特にautomatonのパッチ7.0のシナリオ講評なかで最も共感したのがこの部分です。
筆者としては、他者の生き方、ひいては文化というものは完全に言語化できるものではなく、実際に当事者と交わり体験することではじめて、自身の生き方や文化と接続し、比較や内省が可能になると考えている。これをゲーム上にて表現している近年の作品としては、『龍が如く』シリーズや『ファイナルファンタジーVII リバース』、『原神』などがある。いずれもミニゲームという形式を通じ、世界に対し「能動的に」関わることで、その世界の風俗を非言語的な情報含め体感することができ、それが冒険という感触に昇華される。しかし、「黄金のレガシー」では能動的な場面はほとんど見られない。ハヌハヌ族のお祭りに参加したり、料理対決では料理をすることができない。画面を眺めることしかできない。戦闘システムを活用できる「スニーキング」のミニゲームや、最終盤の演出など、アクションを通じた没入感のあるストーリーテリングに否定的ではないことは伺えるが、全体的に不足しているのが現状である。
https://automaton-media.com/articles/columnjp/ff14-20240823-307449/
全くその通りなんですが、今まではそんなことなく没入感が強かったのはやはりライターの石川夏子氏の功績が大きいと、私は考えます。
メインシナリオから石川氏はメインのライターではなくなりました。けれども、今回のパッチ7.0ではワチュメキメキ万貨街の採掘・園芸クエストは石川夏子氏が担当として関わっています。
このシナリオ、めちゃくちゃ面白かったのが印象に残っています。二人のヴィエラの関係やキャラクター性、並びにヴィエラの風俗がよく描かれています。
私自身はワチュメキメキ万貨街のシナリオは非常に好きです。丁寧な作り込みであり「次が見たい」と思うシナリオでした。パッチ7.0のシナリオは「次見なくてもいいかな」と感じるシナリオなんです。
であれば、この違いはなんなのか?というと表現の雑さなんです。
表現の雑さとはなんなんか
では、今回の表現の雑さとはなんなのでしょうか?
キャラクターの深堀りと整合性のなさが、私は全てと考えます。
ウクラマトは「なぜそこまで王位にこだわる?」「民が好きなのはなんで?」「兄たちと幼少期の関係は?」全くわかりません。同様にゾロージャも「なんでそこまでツンケンしてるの?」「世界を手に入れたい理由は?」等々です。おつきの飛田さんが声優のキャラクターも裏がありそうで結局なんだったの??という形です。
上記の点だけではないのですが…キャラクターや文化・民族の表現がシナリオに落とし込めてないのが、今回パッチ7.0.の雑な点だと私は思います。
シナリオライターの腕次第というのは本当に感じます。このままシナリオで賛否両論=ダメ出しが続けは、FF14はあっという間に凋落します。
賛否両論=ダメ出しという点については、また次回以降の記事で…